What’s in a Label〜レーベルにまつわるヒストリー(コロムビア編)

コロムビア・レコードは近代音楽産業の創世記からある老舗レコードレーベルの1つであり、その長い歴史はレコード業界の歴史とも言えます。今回はこの老舗レーベルについてお話ししたいと思います。

ヒストリー:

現存する世界最古のレコードレーベルであるコロムビア・レコードは、速記者であるエドワード D.イーストンが1889年にワシントンD.C.のコロンビア特別区に設立した会社であり、 会社名はその地名にちなんで名付けられました。 当初、コロムビアはトーマス・エジソンの発明した蓄音機とミュージック・シリンダーの販売とサービスに関する独占契約を結んでいましたが、1901年にライバル社であるRCAビクターが特許を取得した「ディスクレコード」を採用し、その後1908年に自社のレコード規格、「両面」の10インチ・ディスクを発売しました。 20世紀の最初の4半世紀、(ニョーヨークに移転した後)コロンビアの売り上げの多くはニューヨークのメトロポリタン・オペラのスター歌手によるものでしたが、ジャズ、ブルース、カントリーなどのアメリカ独自の音楽から諸外国のトラディショナルな音楽まで、幅広いジャンルのレコード制作に挑み、海外にまで手を広げるインターナショナルな会社として急成長を遂げました。

アメリカのレコード業界が世界恐慌による深刻な不況と無料ラジオ放送の登場(1929年から31年の間に以前の収入の1/10に縮小)によって揺さぶられる中、コロムビアもその影響を受け、数々の浮き沈みを繰り返しました。その過程の中で、イギリス部門(後のEMI)との離別や、更にはアメリカン・レコード・コーポレーション(ARC)にわずかな費用で売却されるという苦難に立たされました。

しかし、伝説のスカウトマン ジョン・ハモンドの偶然の到来と、サザン・ゴスペル、カントリー、ブルース、ジャズなどの新たなジャンルへと舵を取ったことが功を奏し、再び息を吹き返すことに成功しました。この転換期に、ベニー・グッドマンベッシー・スミスチャーリー・クリスチャンデューク・エリントンカウント・ベイシーなど、多くの才能を発見することにも成功しました。

この転機は1938年のCBSのウィリアム S. ペイリー によるコロムビアの買収で本格的に始まり、ニュージャージーの気鋭クルーナー歌手 フランク・シナトラの成功で更に勢いは増し、この繁栄は先の10年に渡りました。(皮肉な事にコロムビアは、1927年にCBSが設立された当初の親会社でした。) そして、1948年にコロムビアは大きな技術革新を遂げます。それは現在に続く、33回転ロング・プレイング・12インチ・レコード(LP盤)の発明です。

ペイリーと新生コロムビアの社長であるゴダード・リーバーソンのリーダーシップの下、コロムビアはLP盤の開発によるアドバンテージからクラシック音楽の売り上げを伸ばし、1950年代にはメジャーレーベルとしての地位を取り戻しました。リーバーソンはメガヒット中のブロードウェイ・ミュージカルのレコード化を推進し、バンドリーダー兼A&Rのミッチ・ミラーによるSing Along with Mitch シリーズで大成功を収めました。その成功と同時に、トニー・ベネットドリス・デイビリー・ホリデイマイルス・デイビスセロニアス・モンクなどの看板アーティストの強化を着実に進め、アーカンソー生まれのカントリー・シンガー、ジョニー・ナッシュとも契約に至りました。

続く60年代には、多くのフォーク・ジャイアント達が登場します。ピート・シーガーレナード・コーエンサイモン&ガーファンクルザ・バーズ、更には恐らくA&Rのハモンドの最大の功績であるボブ・ディラン、そして新時代のスターとなるバーブラ・ストライサンドなど枚挙にいとまがありません。しかし、コロンビアはもう一人のA&Rであるミラーの強い反対により、60年代末までロックン・ロール・ブームに乗り遅れることとなります。そこで新社長であるクライヴ・デイビスは、ジャニス・ジョプリンシカゴサンタナなどの同社に未来の火を灯す事となる新アーティス達と電撃的な契約を押し進めていきました。

その後、デイビスと後継者であるウォルター・イエトニコフの下、コロムビアが音楽トレンドに置いて再び遅れるを取ることは滅多と無く、世界で最も有力なメジャー・レーベルの地位を揺るぎないものとしました。70年代にはブルース・スプリングティーンビリー・ジョエルピンク・フロイドエアロスミスジューダス・プリーストアース・ウィンド・アンド・ファイアー、80年代にはジャーニーメン・アット・ワークザ・バングルスL.L. クール Jなど数えきれない程のスーパースターを擁しました。しかし、1988年にソニー・ミュージックへと売却されることとなります。

現在、コロムビアは引き続きソニー・ミュージック傘下で運営を続け、トップ・セールスを保ち続けているレーベルの一つです。90年代以降もアリス・イン・チェインズマライア・キャリーセリーヌ・ディオンビヨンセジョン・メイヤーリル・ナズ・Xなど、新たなスターをコンスタントに送り出し、街の一角でのささやかな始まりから1世紀以上も経った今もメジャー・レーベルとしての地位を守り続けています。

ラベル・デザインとトレードマーク 

その100年以上続く歴史の中で、コロムビアのロゴやレコードのラベル・デザインは時代によって変遷を遂げますが、核となるデザインはそれ程変わっていません。

いくつかの例外を除き、初期のコロムビアのラベルは単色の背景に太めの書体でロゴや曲目が記載されています。その後、音楽ジャンル別にラベルの色を展開していきます。例えば、赤色はポップス、緑色はジャズ、灰色はクラシック、オレンジ色はカントリー、ピンク色は聖楽といった具合です。

また、マイルス・デイビス、ボブ・ディラン、ジョニー・ナッシュなど、みなさんがよく目にするコロムビアのトレードマーク的な赤ラベルに変更される以前、コロムビアは1930年代の短い期間に「ロイヤル・ブルー・レコード」というラベルとレコードのどちらも青色のものをリリースし、現在では非常に希少性の高いものとなっています。

その長い歴史の中で他にも様々なラベルのバリエーションが存在します。Masterworksという別ラインには灰色のラベル、50年代に短命に終わった7インチ・シングルの黄色ラベル、アメリカ国内向けシングルと海外向けアルバムに使用された夕焼けグラデーション・ラベルなどなど。

最後に、トレードマークに関しても少し言及しておきたいと思います。初期のトレードマークとなったのは40年代辺りまでに使用された(それ以降も例外的に使用)「マジック・ノート」と言われる音符のマークで、その後はモダンなマイクがデザインされた通称「ウォーキング・アイ」というものが使用されました。そしてソニー・ミュージックへの売却後を期に、そのトレードマークは影を潜めることとなりました。(日本コロムビアは1931年に英国コロムビアから商標を譲り受け、現在も「マジック・ノート」がトレードマークとして使用されています。)

今回は長い歴史を持つコロムビア・レコードについて、駆け足でご紹介いたしました。もし、コロムビアについてもっと知りたいという方はDiscogsのディスコグラフィーから同社について調べてみてください。また、コロムビアにまつわる興味深いエピソードをお持ちの方はコメント欄でシェアをお願いします!


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